天女はいつも逃げるのか——羽衣伝説と白鳥乙女、似ている話の「違い」から読む

霧の湖の岸に立つ天女と、水面に映る白鳥の影 昔話・伝説

天女が水浴びをしていると、男が羽衣を隠す。天に帰れなくなった天女は男の妻になるが、やがて羽衣を見つけて空へ帰っていく——。羽衣の話は、日本でならたいていの人が知っています。

海の向こうにも、よく似た話があります。白鳥の姿で降りてきた娘の衣を男が盗み、妻にする「白鳥乙女(スワン・メイデン)」の話です。中国にも、シベリアにも、北欧にもあります。

「世界中に同じ話がある。もとは一つの話だったに違いない」と言いたくなります。ところが、いちばん古い記録を一つずつ開いてみると、似ているのは一部だけでした。衣を盗まない話、結婚しない話、そして天に帰らない天女まで出てきます。

この記事では、先に違いを並べます。そのあとで、「どこまでが同じ話と言えるのか」を、研究者の見立てと一緒に確かめます。

このサイトの書き分け

  • 【原典】古い本の本文に、そう書いてあること
  • 【研究】研究者が調べて言えていること
  • 【説】唱えられているが、裏づけが弱いこと
  • 【見立て】このサイトの見方・想像

よく知られた「羽衣」は、実は盗まない話

「羽衣」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、静岡の三保の松原の話でしょう。能の『羽衣』として広く知られています。

【原典】能『羽衣』では、漁師の白龍(はくりょう)は、松の枝に掛かっていた美しい衣を拾います。盗むのでも、隠すのでもありません。天人が返してほしいと頼むと、白龍は「天人の舞を見せてくれるなら返そう」と答えます。天人が「衣がなくては舞えない。先に返して」と言うと、白龍は「返したら、舞わずに帰ってしまうだろう」と疑います。そこで天人が言う一句が、この話のいちばん有名なところです。

いや疑は人間にあり。天に僞なきものを。

(謡曲『羽衣』。芳賀矢一 校『謡曲五十番』1926 による)

白龍は恥じて衣を返し、天人は舞いながら富士の高嶺のかなたへ消えていきます。この舞が「東遊(あずまあそび)の駿河舞」の始まりだ、というのが結末です。二人は結婚しません。一日のうちの出来事です。

【研究】この能の作者ははっきりしません。世阿弥の作とする古い書き付けもありますが、確かではないとされ、主な事典は作者不明としています。

【原典】ただし、三保の話は一つではありません。江戸時代の初めに林羅山が『本朝神社考』で古い言い伝えとして引いた三保の話では、衣を拾った漁師と天女が夫婦になり、のちに天女は羽衣を取って雲に乗って去ります。同じ三保の松原でも、能と言い伝えでは筋が逆なのです。

日本の古い羽衣は、筋がまるで違う

羽衣の話は、奈良時代に国ごとにまとめられた地誌「風土記」の、失われた部分(逸文)にも残っています。古い2つを比べてみます。

近江・余呉湖——白鳥になって降りてくる

【原典】滋賀県の余呉湖(伊香小江)の話です。天の八人の娘が、みな白鳥となって天から降り、湖の南の岸で水を浴びます。それを見た伊香刀美(いかとみ)という男は、白い犬に天の羽衣を盗ませ、いちばん下の娘の衣を隠しました。姉たちは天へ飛び去り、末の娘だけが地上に残ります。

二人は夫婦になり、男の子2人・女の子2人が生まれます。この子どもたちが、この土地の伊香連(いかごのむらじ)という一族の先祖だ、と話は語ります。そしてのちに、母は天の羽衣を探し出し、それを着て天へ昇っていきました。

「男が衣を盗む → 妻にする → 子が生まれる → 衣を見つけて帰る」。世界の白鳥乙女の話に、いちばん近い形です。

【研究】この話は、14世紀の年代記『帝王編年記』の中に引用されて残りました。ただ、その本文は「古老の伝えて曰く」で始まり、「風土記」という書名は書かれていません。そのため、「近江国風土記の逸文とされる話」と書くのが正確です。

【研究】「白鳥となって」の部分は、読み方が割れています。多くの研究者は「本当に白鳥に姿を変えて降りた」と読みますが、明治の学者・栗田寛は「飛び降りる様子が白鳥のように見えた」と読みました。

丹後・奈具社——天女は結婚もせず、天にも帰らない

京都府北部、丹後の話は、まったく別の筋をたどります。

【原典】比治山(ひじやま)の頂の泉で、八人の天女が水を浴びていました。衣を隠したのは、若い男ではなく、和奈佐(わなさ)という老夫婦です。一人だけ帰れなくなった天女に、老夫婦は「わたしたちの子になってくれ」と頼みます。天女は妻ではなく養女になりました。子どもも生まれません。

天女は酒を造るのが上手で、その酒は一杯飲めば万病が治りました。酒のおかげで老夫婦の家は大いに富みます。ところが十年あまりたつと、老夫婦は「お前はわが子ではない。出て行け」と天女を追い出してしまいます。

天女は泣きながらさまよい、荒塩(あらしお)、哭木(なきき)といった村の名を残して、奈具(なぐ)という村にたどり着きます。「ここで私の心はなぐしく(穏やかに)なった」と言ってとどまり、その地の奈具社にまつられる豊宇賀能売命(とようかのめのみこと)になった、と話は結ばれます。

天女は天に帰りません。人に使われ、追われ、土地の神になりました。

霧の山里。茅葺きの家と田んぼを、大きな木のそばに立つ白い衣の女の人が見下ろしている後ろ姿
奈具の村にたどり着いた天女(イメージ)

【原典】もう一つ、見落とされがちなことがあります。この話の本文に「羽衣」という言葉は出てきません。書いてあるのは「衣裳」だけです。鳥の姿も出てきません。

【研究】丹後の話は、鎌倉時代の『古事記裏書』や、北畠親房の『元元集』などに引用されて残りました。よく「釈日本紀に載っている」と紹介されますが、釈日本紀には載っていません。また、観光案内などで見かける「天女が機織りを教えた」という話も、この本文にはありません。

沖縄——子守歌で羽衣の隠し場所を知る

南の沖縄にも、羽衣の話が根づいています。

【原典】琉球王国の宮廷芸能「組踊(くみおどり)」の名作『銘苅子(めかるし)』では、農夫の銘苅子が、泉で髪を洗う天女を見つけて羽衣を取ります。天女は仕方なく妻になり、姉と弟の二人の子が生まれました。ある日、天女は子どもが歌う子守歌から、羽衣が米蔵に隠されていると知ります。天女は子どもたちを寝かしつけ、羽衣をまとって天へ帰っていきました。そのあと首里の王府から使いが来て、王が子どもたちを取り立て、銘苅子に士族の位を与える、という結末です。作者は玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)。初演の年ははっきりせず、確かな上演の記録は1756年のものです。

【原典】もう一つ、宜野湾市の「森の川(もりのかわ)」には別の伝説があります。奥間大親(おくま・うふや)という男が、泉で水浴びする天女の羽衣を隠して妻にし、一男一女が生まれます。天女は羽衣を見つけて天に帰り、その男の子がのちの中山王・察度(さっと)になった、と伝えられています。

【研究】森の川は「銘苅子の舞台」と紹介されることがありますが、宜野湾市や沖縄県の資料では、森の川は奥間大親と察度の伝説の地です。似た話が2つあるので、取り違えやすいところです。

どれが「日本最古」の羽衣か

【研究】「日本最古の羽衣伝説」をうたう土地は複数あります。丹後を最古とする紹介もあれば、近江を最古の記録とする研究者もいます。どちらも元の風土記は失われ、後の時代の本に引用されて残ったものなので、どちらが古いとは決められません。このサイトでは「最古」とは書かないことにします。

【研究】なお、『古事記』や『日本書紀』には、羽衣の話は出てきません。いまでは誰もが知っている話が、国の歴史書には載っていないのです。

海の向こうの「似た話」を4つに分けて並べる

次に、海外の話を見ていきます。ひとまとめに「白鳥乙女」と呼ばれがちですが、中身で分けると少なくとも4つの形があります。

世界地図と日本の拡大図。羽衣・白鳥乙女の話が伝わる地域として、アイルランド・スコットランド、北欧、インド、シベリア、中国、タイと、日本の丹後・近江・三保・沖縄に印がある
この記事でとりあげた話の場所。色は下で分ける4つの形です。印はおおよその位置で、話が伝わった道すじを示すものではありません。

① 衣を盗んで妻にし、見つけて去る——中国とシベリア

【原典】中国の『捜神記』(そうじんき)には、こんな話があります。豫章という土地の男が、田んぼで六、七人の女を見かけました。みな毛の衣を着ていて、男は彼女たちが鳥だとは知りません。

皆衣毛衣,不知是鳥

(『捜神記』巻十四)

男は一人の脱いだ毛衣を隠し、飛べなくなった女を妻にしました。娘が三人生まれます。のちに母は、衣が積み上げた稲の下にあると知り、それを着て飛び去りました。あとで娘たちも迎えに来て、みな飛んでいったといいます。

【研究】『捜神記』は4世紀の干宝(かんぽう)がまとめた本とされますが、今読める本は、ずっと後の明の時代に集め直されたものです。ただ、この話は10世紀の『太平廣記』にも『捜神記』の話として引かれているので、少なくともその頃には確かにありました。「世界最古の白鳥乙女」と紹介されることもありますが、そう言ったのは研究者の控えめな推測で、断定はできません。

【原典】シベリアのブリヤートの人々にも、先祖の起こりとして同じ形の話があります。男が白鳥の羽を盗んで妻にし、子が6人生まれます。ある日、酒に酔った夫が羽を返してしまい、妻は家の煙出しの穴から飛び去っていきました(Curtin『A Journey in Southern Siberia』1909年)。

② 羽ではなく「皮」を隠す——アザラシの妻

【研究】アイルランドやスコットランドの海辺には、アザラシの皮を脱いで人の姿になった女の話があります。男がその皮を隠して妻にしますが、妻は皮を見つけると海へ帰っていきます。「セルキー」の話として知られています。

霧の北の海辺。石積みの塀と緑の崖の手前の岩の上に、脱いだアザラシの皮が広げて置かれ、波打ち際に女の人が小さく立ち、海にはアザラシの頭が2つ見える
岩の上に脱いだアザラシの皮(イメージ)

形は白鳥乙女とそっくりですが、研究の上では別に扱われています。昔話の分類とは別の「伝説」の分類番号(ML 4080)が付いていて、478の類話を集めた研究では、その8割ほどがアイルランドのものでした。記録に残るのは18世紀の終わりからです。

③ 衣は出てこない、約束を破られて去る——インドのウルヴァシー

【原典】インドの古い聖典には、天女ウルヴァシーと人間の王プルーラヴァスの話があります。ウルヴァシーは「あなたの裸の姿を私に見せないこと」を条件に王の妻になります。ところが、ある夜その約束が破られてしまい、ウルヴァシーは去っていきます。

ここには衣を盗む場面がありません。去る理由は、盗まれた衣を見つけたからではなく、約束が破られたからです。

【研究】この話を白鳥乙女の仲間に数える研究者もいれば、数えない研究者もいます。また、英訳で「白鳥」と訳されることのある鳥は、元の言葉では種類のはっきりしない水鳥で、訳者自身がそう注記しています。

④ そもそも盗まない——北欧とタイ

【原典】北欧の詩『ヴェルンドの歌』(10〜11世紀ごろに成立したと考えられています)は、白鳥乙女の代表例としてよく挙げられます。ところが本文には、衣を盗む場面がありません。詩の前に添えられた散文に、湖のほとりで糸を紡ぐ女たちの「そばに白鳥の衣があった」と書かれているだけです。盗む場面は失われたのではないか、という推測はありますが、あくまで推測です。

【研究】東南アジアに伝わるマノーラーの話では、娘は衣を盗まれるのではなく、縄で捕まえられます。

表で比べる

話 衣は 結婚 女は 由来
能『羽衣』 漁師が拾う しない 天へ 駿河舞
三保の言い伝え 漁師が拾う する 天へ —
近江(余呉湖) 男が盗ませる する 天へ 一族の祖
丹後(奈具社) 老夫婦が隠す 養女に 土地の神に 村名・神社
沖縄『銘苅子』 農夫が取る する 天へ 子の出世
沖縄(森の川) 男が隠す する 天へ 王の誕生
中国『捜神記』 男が隠す する 鳥に戻り去る —
シベリア 男が盗む する 飛び去る 一族の祖
アザラシの妻 男が皮を隠す する 海へ —
インド 盗まない する 約束破れ去る —
北欧 盗む場面なし する 去る —

(子どもの人数は本文を参照。近江4人・沖縄『銘苅子』2人・森の川2人・中国3人・シベリア6人)

並べてみると、「盗んで、妻にして、見つけて帰る」という典型に当てはまるのは、近江・沖縄・中国・シベリアの話です。能の羽衣は盗まず、丹後の天女は結婚もせず帰りもせず、インドと北欧の話には盗む場面そのものがありません。

では「同じ話」なのか

分類の上では

【研究】世界の昔話には、話の型ごとに番号を付けた国際的な分類があります(ATU分類)。白鳥乙女は、ひとつの独立した型というより、いくつもの話に出てくる「場面」として扱われています。主に「失った妻を探す男」(ATU 400)の話に含まれ、「白鳥乙女」「水浴びする娘の衣を盗む」といった場面にも番号が振られています。日本の昔話の分類でも、天女を妻にする「天人女房」は一つの話型として数えられています。

広がり方を調べた研究では

【研究】この話が世界のどこにどう分布しているかを実際に調べた研究は、調べた範囲では、どれも「どこか一か所で生まれて、広まった」と考える側でした。ただし、どこで生まれたのかは割れています。北ユーラシア(ただし論文の題に「?」が付いています)、アジアの太平洋岸、東アジア、といった具合です。

【研究】日本の羽衣についても、中国から伝わったとする見方は明治のころからあります。ただ、それがどの道を通ったのか——中国から直接か、朝鮮半島経由か、北からか、南からか——は、研究者によって分かれています。

このサイトの見立て

【見立て】ここまでを踏まえると、次のように考えるのが今の資料に合っていると思います。

  • 天から来た乙女が衣を盗まれて妻になる話(日本の羽衣・中国・シベリア)どうしは、同じ根を持つ見込みがある。分布の研究も、その方向を指しています。
  • 一方、皮を隠すアザラシの妻や、約束を破られて去るウルヴァシーは、形が似ているだけかもしれない。同じ根から来たと確かめた研究は、見つかりませんでした。
  • そして同じ日本の中でさえ、丹後の話は典型から大きく外れています。一つの話が伝わるうちに、土地ごとに違う枝を伸ばしていったのでしょう。

話は、どうやって言葉の壁を越えたのか

【見立て】それにしても、文字も地図も無い時代に、言葉の通じない相手へ、話の筋だけが何千キロも運ばれていくのは、考えてみれば途方もないことです。同じ土地の、同じ言葉を話す人どうしでさえ、話はなかなか正しく伝わらないのに。

【見立て】おそらく、一人の旅人が大陸を歩いて伝えたのではありません。話は隣の村から隣の村へ、隣の民族へと、バケツリレーのように少しずつ渡っていったのでしょう。言葉の境目には、交易をする人や、よその土地へ嫁いだ人のように、両方の言葉が分かる人がいます。話はそこで言葉を乗り換えます。そのたびに名前や土地や細かい言い回しは入れ替わり、「衣を隠す → 妻にする → 見つけて去る」という骨組みだけが残る。羽衣の話が土地ごとに違う顔をしているのは、その乗り換えの跡なのかもしれません。

【見立て】そう考えると、何千年も残った話は、伝言ゲームを何百回くぐり抜けても芯が崩れなかった話、つまり「伝わる力が一番強かった話」の生き残りだとも言えます。一度聞いたら忘れない場面があり、筋が短く、つい誰かに話したくなる。世界中に似た話があるのは、もとが一つだったからというだけでなく、人の頭に残りやすい話の形が、どこでも似ているからでもあるのではないでしょうか。アザラシの妻やウルヴァシーの話が羽衣に「似ているだけ」かもしれない、というのは、こういうことです。

七夕とは、いつ結びついたのか

羽衣の天女と、七夕の織姫を重ねて語る話もあります。天女が機を織る姿が、織姫と重なるからでしょう。

【研究】けれども、近江や丹後の古い話にも、中国の『捜神記』の話にも、織姫や七夕は出てきません。牽牛が織女の衣を隠すという七夕の形は、20世紀に集められた言い伝えで確かめられるもので、それより前の本での初めての記録は見つかりませんでした。日本の昔話にも、羽衣の話が最後に七夕の由来になる形(瓜を切ると水があふれて天の川になる、など)がありますが、すべての話がそうなるわけではありません。羽衣と七夕は、あとの時代に結びついたと見るのが自然です。

まとめ——逃げなかった天女

羽衣の話は、世界中にある「同じ話」ではありませんでした。並べてみると、盗む話と拾う話、結婚する話としない話、天に帰る話と帰らない話が、何本もの枝のように分かれていました。

そのなかで、丹後の天女だけは逃げませんでした。人に望まれて地上に残り、人に使われ、人に追われ、そして泣きながらたどり着いた土地の神になりました。「天女はいつも逃げるのか」という問いに、丹後の話は「逃げない天女もいた」と答えています。

次回は、天女と同じように「人ではない妻」が正体を知られて去っていく話——鶴女房や狐女房——を取り上げます。

参考資料

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